遠くから近く


最近気付いたことですが、私は自分の絵をわりと客観的に見ているようです。


描いている最中はもちろん主観的、でも描き終わってしまったら、もう自分が描いた絵とは思えない。本当に不思議だ・・・。

そして、私は私の絵の一番のファンでもあります。

まるで他人が描いた絵のように、客観的に捉えているからこそなのかも知れません。特にオリジナルキャラクターのイラストは、後から見て「かわい過ぎて胸が張り裂けそうでどうしていいかわからない」ってくらいに好きです。(私、大丈夫ですかね?)

「かわい過ぎてツラい」って、家でしょっちゅう言っているらしく、その度夫は「いいね、そんなに好きなものがあって。なかなか無いよ、そんなに好きって。」と優しく生暖かい言葉をかけてくれる・・・(^^;


で、主観的であること・客観的であること、についていろいろとまた無駄な思考を巡らせていると、 日常生活でもわりと物事を客観的に捉えるクセがついていることに気付きました。


何かに思い悩んでいる時というのは、かなり主観的になっている状態と言えます。

そのままだと、物事を一方向からしか見られず、本質はいつまでも見えないまま。問題解決の糸口さえ見つけられない状態に陥ることもあります。


私も悩んだり落ち込んだりはわりとよくありますが、その度に「あー、悩んでる。まずい、落ち着いて原因を見つけなければ。」と、とにかく少し離れた所から、今の自分の状態を客観的に捉えて分析します。

『何に反応しているのか』『なぜ反応しているのか』『どうすれば解決するのか』

わかるまで方向を変え、距離を変え、たとえそれがどんなに自分にとって不都合で受け入れ難いことであっても、何日かかっても、原因を突き止めて問題解決の方法を探ります。


結果的に解決できる・できないにかかわらず、1つ1つそうやって潰していかないと、目を逸らしていると些細な問題でも、雪だるま式に大きくなって自分ではどうすることもできない・・・なんて状態になりかねません。


どちらがいいという話ではなくて、私は主観も客観も、どちらの視点も必要と思っていて、それは相手の立場に立って捉えてみることかも知れないし、第三者の視点から見てみることかも知れない。

そして、最後にはまた主観に戻って「どうすることが今の自分にとって、これからの自分にとって一番いいか」ということに繋がっていきます。


客観的に物事を捉えると、ある程度俯瞰して見ることができるので、自分以外の事柄にも意識が向いていきます。自分が行動した後、次に誰が何をするのか、とか。いろいろ近くでは見えなかったことが見えてくる。もちろん、それでも余裕なくて見えない時もあるけれど(^^;


何やってもダメ・・・ってなった時、少し離れて角度を変えてみると違った景色が見えるかも。

というお話でした。 


facomi to usachan

Tomoko Terahara / NANANOKO_pianeta Illustration